ひとりSD

地方私大職員の備忘録

“経営が危ない大学”とはどんな大学か

前回の“トンデモ大学”の内容とも関係しますが、毎年受験シーズンになると偏差値の高い低いをベースにして経営状態まで論じられることがあります。大学の経営状態を判断するうえで偏差値の高低や定員割れか否かは無関係とは言えませんが、「定員割れ=破綻予備軍」といった見方には少々誤りがあります。実際、何年も前から定員割れをしていても存続している大学は数多くあります(余裕は無いにせよ)。

 

今やほとんどの大学が定員充足率や決算書をネットで公開しているのですから、各メディアには偏差値や風聞に依拠せず、出所が明確な数値情報を複合的に分析した冷静な記事を書いてもらいたいと常々思います。ちなみに決算書をベースに経営状態が論じられない責任の一端は、学校法人会計特有の「基本金組入」という難解かつ存在理由が不明確な会計ルールにあると思います。詳細は長くなるので述べませんが、個人的には基本金制度を早く廃止してもらえないかと考えています。

 

さて、大学の経営状態を判断する指標は、私立大学・短大への補助金配分を行っている日本私立学校振興・共済事業団(通称・私学事業団)が↓に公開しています。

定量的な経営判断指標に基づく経営状態の区分(法人全体)平成25年度版

 

上記のリンク先にあるフローチャート図は、決算書をベースにして学校法人の経営状態をズバリ「正常状態」「イエローゾーン」「レッドゾーン」に分けるものです。今後、学校法人会計基準の変更に伴って改訂されると思いますが、とりあえずはこちらの平成25年度版が最新です。個人的にこのチャート図は、かなり正確・厳格に法人の経営状態を判定できると思っています。

 

このチャート図では以下の5項目を基準に学校法人の経営状態を峻別します。
1. 教育研究活動によるキャッシュフロー※1の多寡
2. 借入金の多寡
3. 現金及び現金同等物(投資有価証券など)の多寡
4. 帰属収支差額比率※2の大小
5. 積立率※3の大小

 ※1 企業会計で言うところの営業活動によるキャッシュフロー。学生から集めた学費と国や自治体からの補助金など、学校法人としての「本業」による収入から、教育研究活動の経費と人件費などを差し引いたもの。
 ※2 企業会計で言うところの売上高当期純利益率。
 ※3 要積立額(設備更新や退職金の支払に備えて積み立てておくべき金額)に対して現金及び現金同等物をどの程度蓄積しているか。

 

1.と5.を計算するのは若干面倒ですが、2.3.4.は消費収支計算書と貸借対照表から簡単に読み取れます。教職員の方はチャートを使って所属校やライバル校の台所事情を調べてみることをお勧めします。なお、チャート上で最上位のA1ランクになるには、帰属収支差額比率10%以上・積立率100%以上を達成する必要がありますが、これを成し遂げている学校法人は極めて少数という印象です。

 

私学の偏差値ツートップである早稲田・慶應、収容定員No.1の日大などでも、帰属収支差額比率が小さいのでこのチャートではA3相当になります。総合大学の中では相当に優れた財務体質を誇る神奈川大学でさえ、黒字幅が若干足りずA3ランクになってしまいます。大規模有名大学はそれだけ多くの教職員を抱えるほか、積極的に投資を行うため内部に資金が蓄積しにくく、財務体質だけを見ると必ずしも満点にならないことが分かります。

 

また、定員を充足している有名大学にしては珍しい事例なのですが、国際基督教大学は2008年度から帰属収支差額の赤字が続いており、ここ数年の決算書からはイエローゾーンが疑われます。高校生からの人気に加えて運用に回している資産も潤沢なため、経営が立ち行かなくなるほどの心配は無用と思いますが、今後の収支均衡に向けた動きは要注目と言えます。2015年度からの小幅(4万円弱)な学費値上げでは赤字を埋めきれないので、思い切った人件費削減が必要と見えます。

 

基本的に、イエローゾーンとレッドゾーンには定員割れの大学が多く含まれています。私学事業団は学校法人基礎調査を通じて全ての私立大学の決算書を集めているので、その気になれば「A大は正常、B大はイエロー、C大はレッド」などといったリストを公開できます。さすがに風当たりが強いのか今のところは公開していませんが、今後はどうなるか分かりません。

 

これが公開されてしまうと中小私大・地方私大は非常に殺伐とした状況に置かれるわけですが、大学業界の「参入が増える一方で淘汰が進まない」一因はこういった「情け」にあるとも言えます。個人的には、高校生達が風評に惑わされず、各大学の経営状態まで見て納得・安心して進学できる方が理想的と考えますので、公開の仕方は吟味するにせよ、アクセスしやすい場所に分かりやすい形で公開されるべきと思っています。また、大学からしても「公開されてしまう」というプレッシャーが作用する方が経営改善が進むと言えるでしょう。

 

将来的には大学ポートレートで財務情報まで検索できるようになるのでしょうか。それによって的外れな論評や根拠の薄い風評が減ることを期待します。