ひとりSD

地方私大職員の備忘録

G型L型の議論は広く深く続けられている

実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する有識者会議:文部科学省

 

昨年10月から始まっている上記の会議ですが、その後も毎月1~3回のペースで開催され、大学関係者としては非常に刺激的な議論が続けられています。もともとは、大学の教育課程では産業界が求める人材を育成できていないとの世論に端を発し、大学教育の質保証論議が進められてきた経緯があり、それでも大学教育と職業との接続を担保するには至らないということで、今度は既存の大学とは異なる職業直結型の教育機関を作ろうか、といった流れでこの会議が開かれています。

 

コンサルタントの冨山和彦氏がこの会議の初回に提出した資料が非常に「刺さる」内容だったため、世間的に随分と話題になりました。この時点で世間的には、G型大学=「高偏差値&研究内容で世界と戦える大学」、L型大学=「旧帝大以下の偏差値&目立った研究実績の無い私大・地方国公立大」というイメージが広がったようです。地方国公立大や私大の関係者による、「自分の大学をL型と言ってもらっては困る」「大学には教養を育むという立派な使命と存在意義がある。それを無視して職業教育に傾注しろとは何事か」というような拒否反応が多く見られました。また、世間一般の反応も「簿記やら大型免許やらを取らせるだけの学校を大学と言えるのか」といった懐疑的な見方が多いように感じました。先日は朝日新聞に次のような記事が掲載されています。

 

(争論)文系学部で何を教える 冨山和彦さん、日比嘉高さん

 

どうも冨山氏の初回提出資料が刺さりすぎたせいか、その拒否反応と違和感は今でも尾を引いているようです。日比氏は「大学を職業訓練校にする案」と文系学部不要論に対する拒否反応に終始し、問題(国の教育予算削減が問題なのではなく、文系学部の教育課程が産業界から評価されず、卒業した学生が確かな職に就けないことが問題)を直視せず、解決策も十分に提示できていないように思えます。

 

こうした反応で止まってしまっている大学関係者を尻目に、有識者会議での議論は広く深く進んでいっています。冨山氏の資料を見た限りでは「大学の職業訓練校化」を推し進める施策を練っているような印象を持ってしまうかもしれませんが、この会議では並行して短大・高専・専門学校の立ち位置と教育内容を見直す議論を行っています。というより、第2回以降は後者の議論の方がメインに展開されてきています。各回の配布資料は示唆に富むものが多く、短大・高専・専門学校の関係者は必読の内容と思いました。

 

冨山氏の提案内容も初回の資料と比べ、かなり様変わりしてきました。今年1月開催の第8回会議では、次のような資料が配布されています。

 

新たな高等教育機関を「4流の大学もどき」にしないために

 

私個人としては、地方私大に務める身として冨山氏の提出資料は初回・第8回ともに非常に合理的と感じ、肯くところは多くあります。ブランド力の無い地方の私立大学にとっては、「資格を取得でき、地元の国立大と比べて遜色ない仕事に就ける(年収を得られる)」ことを売りにするのが最も効率よく学生を集められる手段と感じているからです。また、自分自身の学生時代(都内私大の文系学部)を振り返っても、「学生の自主性に任せる」との文言を掲げて実質的に学生を放置し、学校として踏み込んだ就職支援も行われず、就職活動で要らぬ苦労と迷走を経験したこともあって、大規模校の既存の文系学部には懐疑的な見方を持っています。私が在学していた当時に比べれば全体的にサポートは手厚くなっていると思いますが、学生の職業能力を育み、就職までしっかり面倒を見ている文系学部は、今でも少数に限られるのではないでしょうか。(ホームページやパンフレットで手厚い就職支援を謳うことはどこもやっていますが、それを裏付ける実績や数値を示すことができるところはごく一部と思います。)

 

以上の考えから、個人的には冨山氏を応援しています。しかし実務的には、冨山氏の提唱する「L型大学」や「プロフェッショナルスクール」の実現には大きな困難を伴うと考えます。まず、ありきたりですが実務経験を有する教員の不足と、既存教職員の抵抗(職業教育へのシフトについて来れない、だからといって解雇できない)が思い当たります。

 

また、高校生・保護者・高校の進路指導教員の大多数は極めて保守的です。偏差値上位→G型、下位→L型、というように偏差値序列が継承された場合、L型大学が魅力的な職業教育のカリキュラムを整備したところで、大幅な学生募集の好転は望めないでしょう。カリキュラムが優れていることを証明するには、少なくとも一期生を卒業させるまでの4年間が必要となります。目新しさが失われ、確たる実績も無い2・3・4年目の学生募集はかなりの苦戦が予想されます。「L型化」の試みが、学生集めに苦労している大学が一縷の望みを賭けて採用するような取り組みになった場合、成功の見込みは薄いと思います。

 

一方、従来の偏差値序列と一線を画した「プロフェッショナルスクール」を作る、という提案ですが、例えば医師になりたいという場合、大部分の保守的な高校生はまず大学医学部を目指すでしょう。そうすると最初の卒業生を送り出す前に「医学部に受からなかった人たちが目指す学校」というイメージが固まってしまい、開設初年度よりも優秀な学生を集めるのが難しくなります。結果的に国家試験合格率が伸び悩み、さらに人気が無くなるという、株式会社立の専門職大学院と同じ道を辿るような気がします。

 

産業界からすると、L型大学やプロフェッショナルスクールがあまり学力の高い学生を集められていないとなれば、その教育活動にコミットするインセンティブが働かなくなります。次第にインターンや卒業生の受け皿になろうという企業が少なくなり、職業と結びついたカリキュラムが形骸化していく恐れがあります。

 

ネガティブな見方かもしれませんが、とりあえず以上のような失敗シナリオが思い浮かびました。

一方で優秀な学生を集められる国公立大、早慶を筆頭とする有力私大がL型化を進めれば、確実に成功すると思います。例えば慶応大の薬学部・看護学部聖母大学を吸収して新設した上智大学看護学科などは、歴史が浅い割に同じ学部学科系統の中でも高い人気を誇っています。この要領でブランド力のある有力私大がL型の学部学科を開設していけば失敗は無いでしょう。

 

また、国公立大や早慶の文系学部の学生には、公務員試験・司法試験・公認会計士・税理士などの資格試験予備校に通っている学生が少なからずいます。資格試験予備校と連携した授業科目を学部学科のカリキュラムに取り込んでいる事例は増えてきていますが(東京経済大、神奈川大、武蔵野大など)、これを国立大・早慶が導入して予備校通学が不要なカリキュラムを組み、既存の文系学部を冨田氏の言うプロフェッショナルスクールに近い位置付けに転換させれば、今以上に人気が高まるのは確実と思います。とはいえ、これらの大学はG型大学たることを志向するので、職業人養成校への転換に学内理解を得にくく、実現性は低いかもしれません。先に述べた東京経済大・神奈川大・武蔵野大などが上位国家試験合格者を少しずつ増やすことができれば、現在の偏差値序列から外れ、冨田氏のいう「ツインピークス構造」のもう一つの頂を形成できる可能性があります。しかし、それにはかなりの時間を要するでしょう。

 

そんなこんなで色々と書き連ねましたが、今後もこの会議における議論には注目していきたいと思います。最後に、今となっては後出しジャンケンですが、G型L型の議論が出たときに考えた図を貼り付けておきます。

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